2011年11月12日土曜日

よきサマリア人法

 中国広東省で先月18日、車にひき逃げされた2歳の女児を18人もの市民が素通りして見捨てた事件が話題となった。素通りする様子が動画で確認でき、さらに別の車にひかれた。もだえ苦しんで泣いている女児に気付いた市民は「誰も関わろうとしないのに、どうして私が関われるのか」(隅俊之『ネットで問題化「道徳心回復を」』2011.11.8 毎日新聞)とインタビューに答え、救急通報さえ思いつかなかったという。私は女児のことを想うと涙があふれた。

 聖書に「よきサマリア人」という有名な例え話がある。強盗に遭って半殺しの状態になった者を、通りがかった祭司らは見捨てて通り過ぎた。ところが旅行中のサマリア人は、そのけが人を助け、治療費を負担し「もっとお金がかかるなら帰りに支払います」と約束する。
 この例え話を基にして、アメリカには全ての州に「よきサマリア人法」という州法があるようだ。要するに、「人を救おうとした行動に対して、例え失敗してもその責任は問われない」という内容である。

 日本では茨城県石岡市で今年4月、業務外で救急救命行為を施した救急救命士が、関係法規に抵触する可能性があるとして停職6ヶ月の懲戒処分になった。(茨城新聞 2011531 ) 救助に成功しても失敗しても関係なく罪に問われるのが日本の実態である。
医療行為が可能な医師でも、飛行機や新幹線などの救助要請に対して、多くのリスクを背負うことになるため、積極的になれないようだ。古い記事だが200128日の朝日新聞の論壇で、国際医療福祉大学教授の高橋泰教授は「日本版『よきサマリア人法』の制定を切に願う」とコメントしている。私も同感である。日本においても中国においても、よきサマリア法が制定されることを望む。

 さて、今の自分ならどのような行動がとれるのか。あらゆるリスクがあることを知っていながら、手を差し伸べることができるだろうか。スクールモットー“Mastery for Service(奉仕のための練達)”が心に迫る。よきサマリア人の例えを話したイエスは、最後に「行って、あなたも同じようにしなさい」と語った。それは今、勇気のない私自身に語られていると感じるのである。(しろくま)

参考文献
茨城新聞 2011531 http://www.ibarakinews.jp/news/news.php?f_jun=13068394550179