2011年12月12日月曜日

ベーツ院長と「マスタリー・フォア・サービス」

 先日、関西学院が発行した「輝く自由 関西学院その精神と理想」という小冊子を読んだ。関西学院の「ミッション」「創立者ランバスの足跡」そして4代目の院長、べーツ教授の唱えたスクールモットー「マスタリー・フォア・サービス」などについて、短いけれども的確にまとめた冊子である。関西学院の歩みや校章、エンブレムの由来についても簡潔に記されており、座右に置いておけば重宝しそうだ。
 なかでも、読み応えのあったのがべーツ4代目院長の「私たちの校訓『マスタリー・フォー・サービス』」。1915年、高等学部の学生が創刊した「商光」という冊子の創刊号に掲載された彼の講演の内容である。当時、彼は38歳。初代の高等学部長だった。
 
 彼はこの中で「私たちは強くあること、さまざまなことを自由に支配できる人(マスター)になることを目指します。マスターとは、知識を身につけ、チャンスを自らつかみ取り、自分自身を抑制できる、自分の欲や飲食や所有への思いを抑えることができる人です」「私たちは他人や境遇、あるいは自らの情念に縛られた人(奴隷)になるつもりはありません。私たちがマスターになろうとする目的は、自分個人を富ますことでなく、社会に奉仕することにあります」と説く。
 そして「人の偉大さは、どれだけ社会に奉仕をおこなったかによって決まるのです。それゆえ、本校の理想は強くて役に立つ人になることであり、弱くて使いものにならない人になることではありません。それぞれがマスターと認められる人になることです」「マスターであるがゆえに、成功する人、事業の基本原理を理解し、なすべきことを知っている人、他の人なら失敗しかねない場合でも勤勉と正直により成功を収める能力がある人です」「知識を探求するにしても、ただ知識を得るためだけでなく、まして自らの名声のためでもなく、人類によりよい奉仕をおこなうことを目指して知識を探求することが学究のあるべき姿です」と結ぶ。
 20世紀の初めに38歳の青年が講演で力説した言葉は、21世紀のいまも、そのまま通用する。そこに人が生きること、学ぶことについての真理が、あますことなく盛り込まれているからだ。それを一言で表現した「マスタリー・フォア・サービス」という校訓が、100年の時を超えて輝いているゆえんはここにある。奉仕のための練達と訳されるこの言葉が関西学院の背骨となた理由は、ここに求められるのである。
 
 僕は早速、この冊子を僕が担当しているインターミディエイトゼミの学生全員に配布、「ベーツ院長の言葉を読んで」という課題で小論文を書かせた。学生諸君は敏感に反応した。僕は毎週のように、ゼミの学生に課題を出し、800字の小論文を書かせ、それを添削し、講評して、文章で自分の意志、主張を表現する作法を身につけさせようと試みているのだが、そしてそれは学生自身の努力で身につきつつあるのだが、今回はいつにも増して魅力的な小論文ができあがった。
 打てば響く。100年近く前、38歳のベーツ教授が若き学徒に熱く訴えた校訓、その理想が21世紀の学生たちの心に響いたのである。100年前の学生と現在の学生では、育った環境も違えば成長、発達の度合いも違う。大学生を見る社会の目も違うし、大学の在り方も、根本から異なっている。しかし、真理は変わらない。学びたい、成長したいという人間の欲求は変わるものではない。
 それに応えなければならない。関西学院で日々学生たちに接する私たちは、100年前の学生たちに、熱く「マスタリー・フォア・サービス」を説き、人間としての背骨を植え付けた若きベーツ院長の志を引き継いでいかなければならないのである。(石)


「輝く自由 関西学院その精神と理想」小冊子の内容はコチラから→http://www.kwansei.ac.jp/kikaku/news/2011/news_20111116_005833.html