2012年7月26日木曜日

迷彩の施された時計台


 写真は1945年頃の時計台。時計台が迷彩色に塗られている。どうやら時計台だけではなく、各校舎も迷彩が施されていたようだ。
 昭和天皇の玉音放送が1945年8月15日の正午に全国に流され、関学においても神崎院長が学生生徒を集めて敗戦を伝えた。しかし、学徒出陣と勤労動員のため、少数の学生しか集まらなかったそうである。
 戦争に駆り出されて犠牲となったのは、学院全体で218人。
 塗られた時計台の写真を見るたびに、暑い夏が来るたびに平和の尊さを真剣に考えたくなる。(しろくま)

(参考引用文献)
学校法人関西学院,1989,『関西学院の100年』p.102
学校法人関西学院,2011,『輝く自由 関西学院 その精神と理想 The Spirit of Kwansei Gakuinp.14http://www.kwansei.ac.jp/kikaku/kikaku_004435.html