2012年10月2日火曜日

へ理屈

 大阪の会社で法務担当をしているインド人と食事した。「和食ダイスキです」とニコニコ。出てくる刺身も牛肉もパクパク。

わたし「あのぉ、インド人もウシ食べるんですか?」
インド人「グッド・クエスチョン。わたしインドのウシ食べません。でも日本にインドのウシいません。だからわたし的には日本のウシOKです。神戸のウシ、松阪のウシ、うふっ、拒否しません」

なんか論理回路がよくわからないが、まあ、へ理屈とはそんなものだろう。ついでに言えば知り合いのイラン人記者は、京都に来るとビアホールの「ミュンヘン」へわたしを誘う。で、「トリカラァ、ポテサラァ、ハーフ&ハーフの大1丁」とメニューを見ないで注文する。こいつほんとにモスレムか。
もっと言えば、京都のマクドナルドでは袈裟を着たお坊さんがバーガーぱくついている姿を時々見かける。これ、とてもシュールな光景だ。
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クジラを食べる日本人をアメリカ人は野蛮と言う。
ならば問う。ウシをつぶして血のしたたるステーキにして食べるのは野蛮と言わないのか。「動物に人類の愛を」と叫ぶイギリス人が「紳士のスポーツ」と称するキツネ狩りは愛のあかしか。スペインの闘牛のウシは心臓に剣を突きたてられた時、スタンドの観客に「人類の愛」を感じて死んでいくのか。
            
 「金魚を丸い金魚鉢で飼ってはならない」という珍妙な法案がイタリアのモンツァ市議会に出された。「丸い金魚鉢の金魚には外の世界がゆがんで見える。金魚の虐待だ」という理由らしい。金魚の人権(?)も大事だろうが、その前に、ヒトの心に内在する矛盾を解消することが先決ではないか。と、ついでにへ理屈をこねておく。(の)