2013年6月13日木曜日

「美味なり」

 することもない休日、遠い昔に出版された爺さんの全集をぱらぱらと繰った。
 英文学者で漱石の後輩だった彼が、学校でエリオットの詩の一節を講じたある日の授業風景をこう記している。
 
・・・ぼくがその部分を日本語に訳して説明すると一番前の席にいた学生
手をあげ、「先生の単語の訳は辞書には書いてありません」と言った。
ぼくはその学生に答えた。「書いてなければ今の訳を書き加えておけ」。

文学は言葉の感性を学べ、辞書に使われるな、と学生に言いたかったのだろう。
爺さんは官立の学校に勤めていたが、既成の権威とか権力を極端に嫌った。名誉褒章をことごとく忌避し、博士号を嗤った。授業が終わると市電に乗っていつものおでん屋に行き、いつも持ち歩く古唐津の猪口でお女将さんを相手に深更まで飲んだ。

変わり者だった。しかし当代の博学と洒脱な文章は世間に愛された。
多くのマスコミから依頼されて書いた寄稿文を掲載した新聞や雑誌が、変色した紙束の山となって行李にぎっしり詰まっている。拾い読みしているだけで、まる一日がつぶれた。

病気で大学病院に入院し、わが身の死期を悟った。病室でこっそりウイスキーを飲んで、3時間後に死んだ。大学ノートに「美味なり」とかすれた万年筆で記していた。

 わたしには遠い記憶の爺さんだったが、万感のこもる「美味なり」に人間味を感じた。爺さんの死んだ歳にだんだん近づいてきたからだろうか。(の)