2014年6月26日木曜日

騒音

 日本の電車はどうしてあんなに騒がしいのか。乗客ではない。車掌が騒がしいのだ。動き始めるのを待っていたかのようにボリュームの高いマイクでまくしたてる。はっきり言って、しゃべっていることの99%(100%でもいい)はまったく必要ないアナウンス。

電車がブレーキをかけると、しばらく経ってから「急ブレーキがかかりました(わかってるわ)。その理由はどうのこうの(どうでもいいって)。お客様には大変ご迷惑をおかけしました(かかってないって)。深くお詫びします(もっとほかにお詫びすることいっぱいあるだろが)」。
これがまた抑揚のないマニュアル通りのセリフで滔々としゃべるもんだから、こちらは「もう謝らなくていいから。もうお願いだから。もうなにもしゃべらないでくれる?」と、ひたすら目を閉じる。

電車の過剰アナウンスは公害だ、と指弾した言論人がいたが、その気持ちがなんとなくわかる。公害かどうかは知らないが、ゴトンゴトンという音を聞きながら車窓の景色を眺めたり、電車に心地よく揺られて本でも読みたい乗客もたくさんいるのではないか。その人たちにとって、車掌さんのあのマイク騒音はもはや拷問に近い。

モスクワの地下鉄のように走行中に電車が突然止まって、車内が停電してもウンともスンとも放送がないのも困るが、日本の電車の過剰なアナウンス騒音はなんとかならないものか。あれは顧客サービスでもなんでもない。 

と、電車に乗るといつもひそかに哀願する。そしてマイク騒音のストレスの中で本を開く。中身は上の空。だから同じ本を何度も読むはめになる。
「それって、単なる物忘れの昂進じゃないの?」って知人に言われたけど。(の)